ええい、
晴れろ、晴れろ。
チチンプイプイ、キリよ晴れろ!
九月初めの八ヶ岳、
天狗岳へ続く稜線。
ノロノロ台風も、
もういなくなるだろうと思っていたのに、
この、モヤモヤとした天気はなんだ!
東天狗岳頂上まで、あと、30分もかからない。
なのに、私たちは躊躇していた。
また登っても、霧に包まれて、
何も見えないのではないか。
山頂から、硫黄岳はおろか、
赤岳や阿弥陀岳も望めないのではないか。
宿泊した本沢温泉から、
急な山道を登って、
この稜線にやっと辿り着いたところ。
隣には、もうこれ以上登りたくないオーラを発している誰かがいる。
半ズボン姿の、若い人たちが、
楽しげに話しながら、稜線のガスの中に消えていく。
岩に腰掛けて、迷うこと15分。
ついに私たちは、イソップの狐となる。
どうせ登っても、何も見えないさ。
登るつもりだった天狗岳に背を向けて、
緩やかな登りの根石岳に歩を進める。
実は、四年ほど前、同じ時期に、天狗岳に登っている。
その時は、西天狗方面から登ったのだが、
東天狗山頂は、猛烈な東風とガスで、
立っていられないほどだった。
ただ、山頂の標識を確認しただけで、
風に煽られないように、
短い鎖場を降り、岩場を下った。
寒くはないが、風で体温が奪われるので、
荷物が吹き飛ばされないようにしながら、
ウインドブレーカーを身につけた。
そして、この白い砂が敷き詰められたような稜線を、
登山道沿いに張られた、
緑色のロープを手掛かりに、歩いたのだ。
その時の、必死の思いを浮かべながら、
根石岳まで来て、ふと振り返ると、
なんだ、この光景は。
東天狗も、西天狗も、
綺麗に晴れ上がっているではないか。
先ほど登って行った若者たちが、
山頂に立っているのが見える。
ああ、運命の神様。
私はあなたを、くすぐり倒したい。
ということで、
すぐ近くの根石山荘で、
仕方がなしに、私の苦手なビール。
四年前、強風と深いガスの中で、
この山小屋の看板を見つけた時に、
どれだけ、ほっとしたことか。
標高2500メートルに、
こういう山小屋があるのは素晴らしい。
ここで、西天狗岳をを眺めながら、
手作り感あふれる、ビーフシチューなどをいただく。
でも、食事を終わって山小屋をでると、
山はまた、ガスに包まれていた。
おまけに、ぽつりぽつりと、当たり始めていたりしてね。
今回は、歩かなければ辿り着けない温泉、
本沢温泉に一泊の予定だった。
でも、すぐ真上に天狗岳があるではないか、
ぜひ、リベンジしたい、
ということで連泊。
ここは、日本一高いところにある露天風呂で有名。
でも、ご覧の通り、脱衣所も何もない場所。
本沢温泉の建物から、10分ぐらい登ったところにある。
私たちの行った時には誰もいなくて、
チャンスと思ったのだけれど、
湯に手を入れてみたら、かなり熱い。
ちょっと入れないぞと思ったが、
それでもと思って入ってみた。
少しでも動くと、ピリピリとする熱さ。
でも、こういう色の温泉にしては、
上がっても、さっぱりとした泉質だ。
一緒に行った誰かさんは、
足をつけただけで、熱い!と言って入らなかった。
後で聞いたが、板で掻き回すと、少しは入りやすくなるとのこと。
本沢温泉には、内湯もあり、
こちらは茶色く濁った、別の泉質。
こちらもいいお湯だ。
山小屋なので、8時に消灯だが、
その後、ヘッドランプを点けて、
入るのも乙なもの。
食事は簡素にして十分な、
山小屋のらしいもの。
北アルプスで食べさせられるカレーライスより、
よっぽど気が利いている。
食堂の外に、小鳥の餌台があり、
綺麗な色の「ウソ」が。
なのに、お酒は充実している。
私は苦手なのだが、
少しでも山小屋の売上にと、
頑張って試して見る。
そして、山を下る三日目の朝。
なんと、空は綺麗に晴れ渡っているではないか。
どうして、私たちには、
この青空が付いてこないのだろう。
これから、硫黄岳と天狗岳に登るのだ、
というご夫婦を、羨ましく、見送った。
稲子湯登山口まで、
普通は2時間半ぐらいの道を、
私たちは、4時間以上かけてゆっくりと下った。
途中のみどり池からは、
昨日登りそこなった天狗岳が、
くっきりと望める。
またいつか、
というのは、もう70歳を過ぎた私たちには、
ないかもしれない。
だから、その姿を、くっきりと目に焼き付けておくのだ。
本沢温泉までなら、
もう一度来られるかなあ。