手打ちそば屋は眠れない

湯めぐりの伊豆、伊東

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海から昇る朝日を見ながら、
温泉に浸かることができる。
そう聞いて、5時半に宿を出た。

真っ暗な海沿いの国道を歩くこと30分、
目指す温泉施設に行き着いた。
海はまだ暗い。
水平線のあたりが、少し明るくなっているが、
雲のせいか、ぼんやりとしている。

そこは、伊東マリンランドと呼ばれる、
観光客向けの大型施設だ。
その一角に、その名も「朝日の湯」という、
温泉があるのだ。
私たちは、伊豆半島の伊東に来て、
三日目の朝を迎えるところだ。

入場料を払って二階に登ると、
風呂の入り口に「本日の日の出」、
6時48分と書かれている。
しまった、早すぎた。
まだ6時になったところだ。

隣のレストランは6時からの営業とのことで、
開店準備をしている。
さっと風呂に入って、ここでビールでも飲みながら、
朝日を拝むか。

風呂に入って驚いた。
先客が10人近くいる。
もっとも、かなり広い浴槽なので、
そのくらいならばガラガラなのだが。

ほとんどの人が、
ぼんやりと窓の方を見ながら、
湯に浸かったり、椅子に腰掛けている。
その窓は、湯気で曇っていて、
果たして、夜明けの薄明かりなのか、
すぐ下の、ヨットハーバーの明かりなのか、
よくわからない。
しかし、東の海に向いているので、
晴れていれば、これから、朝日が差し込むことだろう。

なにやら、身体も心も弛緩しきっている老人たちの中に、
自分も吸い込まれそうな気がして、
早々に、湯を上る。
そうしたら、女将はすでに上がっていて、
女湯には誰もいなかったという。
朝6時に暇にしているのは、ジジイばかりのようだ。

レストランでは、ちゃんとしたアジの干物定食が食べられる。
釜揚げしらす丼も。
もちろん、生ビールもね。

昨日も、宿の近くの公園に、朝日を眺めに行った。
そこには伊東を拠点に制作を続けている、
重岡健治さんの作品が並んでいる。
彼の重厚な彫刻と、海の風景は、よく似合っていそうだ。
だが、雲が多いのと、その場所からは、
朝日は、海からではなく、山から昇るようだった。

今日は、くっきりと、
海から昇る朝日を見たい!
予報も快晴。

そう思って、
早起きをして、歩いて、ここまできたのだ。
ところが、レストランの窓越しに、
ヨットハーバーの上から出た朝日は、
なんともふてぶてしい。

まるで、独身最後の日のどんちゃん騒ぎのあとのような、
二日酔いの目をしていた。
あるいは、眠たくてしょうがない子猫が、
無理やり起こされて、
仕方なしに半分目を開けたような、
そんな太陽だった。

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高い山に登って、山小屋に泊まった時、
そこから見る朝日は素晴らしい。
その陽が、山々の頂を照らし始める時、
まるで、ベートーベンの五番が響くようだ。
茜に染まる雲を従えて、
これから1日の始まりを、
神々しく伝えるのだ。

それに比べて、
この日の出はなんだ。
時間が来たので、
仕方なしに出ました。
まるで、出来損ないのサラリー、、、
いや、彼らだって大変なのだ。
たまたま今日が、
そんな気分だっただけなのかもしれない。

そうなれば、こちらも気分を変える。
一度、宿に戻る予定を棄て、
伊東駅から電車に乗って、
波打ち際にあるという露天風呂に向かう。

30分の乗車で降りたのは、
伊豆北川駅。
これ、「いずほっかわ」と読むのだね。

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露天風呂は10時からと聞いていたから、
まだ一時間以上。
仕方がないので、海を望む公園があるというので、
急な坂を登ってみる。
展望は樹木に囲まれて、大したことはない。
大島が、海鼠みたいにぼんやりと横たわっている。
城ヶ崎海岸の、切り立った崖が見え、
その上に、丸い山頂の大室山が、
トトロの頭のように、
ニュウと突き出している。

晴れの予報だが、
全体に雲が薄くかかっているような感じ。
だが、春のような、
艶かしさはない。

でも、広場を見渡せば、
周りに立派な桜の木が。
花見には賑わう場所なんだなあ。

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小さな港まで降りて、
海沿いの堤防を歩いていく。
海の反対には、
6、7階はある、
高級そうなホテルが並んでいる。
なるほど、部屋の窓からは、
すぐ前が海、
最上階の露天風呂からは、
それを楽しめるというわけだ。

この堤防の道は、
ムーンロードと名付けられている。
ここも東向きの海に面している。
時として、素晴らしい朝日が眺められるはずだ。
なぜ、サンライズではないのか。

なんて、言いながら、
せっかく休みに来て、
朝日の昇る時間に起きる奴がいるかと気がついた。
そんなことを喜ぶのは、
私のような、むこう向きのジジイだけだ。
まして、夏の暑い太陽に照らされながら、
コンクリートの堤防道路を歩く辛さは、
容易に想像できる。

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んなことを考えながら着いた、
黒根岩風呂。
入り口で700円なりを払って、
階段を降れば、
まさに波打ち際。
簡単に囲っただけの脱衣場。
中に入れば、先客が二人。
直径5メートルぐらいの、
岩で囲まれた湯船が二つある。

湯気の具合で熱いかと思ったが、
それほどでもなく、
ゆったりと入れる。

そして、確かに目の前が海。
まさに、目の高さに海があるのだ。
これは初めての経験。
目の前の岩に、
波が砕けている。
波の荒い時はどうするのか。

実は、この湯は、
荒波に何度も飲み込まれ、
その都度に、
地元の人たちの協力によって、
作り直されてきたらしい。
だから、脱衣所だって、
こんな造りなのだ。
いざとなったら、
波に飲みこまれる覚悟で、
入る湯なのだ。

だいたい、伊豆半島は、
数千万年前、南から流れてきたのだそうだ。
ぷかぷかと浮いてきたのではない。
フィリピンプレートというものに乗り、
日本列島に、ドスンとぶつかってきたそうだ。

その勢いで、地面が歪んで、
丹沢などの山ができた。
富士山などは、その後に出来た、
新しい山らしい。
いまだに、この伊豆半島の、
日本列島への働きかけが続いているのだね。

だから、伊豆には、温泉が豊富だ。
場所によって微妙に温度も質も違うらしい。
北川から一つ先の熱川では、
ゆで卵ができるぐらい熱い湯がでる。
宿にした伊東では、50度前後の、
なめらかな湯がでる。
ここの宿の湯もいいが、
割引券をもらって行った、
他の旅館の湯は、
ややアルカリが高くて、
肌がスベスベする。

伊東市内には、
地元の人向けの銭湯のような温泉が、
数多く見受けられた。
どこも、違う源泉を持っているようだ。
豊富な湯が出るということは、
目に見えない、
地の中に、熱いものを抱えているからだろう。

そんな伊豆半島の特徴に、
深い海を持っていることがある。
海岸から海に出れば、
すぐに、ぐっと深くなるのだ。
だから、本来は深海に棲む金目鯛などが、
伊豆の名物になる。

この黒根岩風呂から見る海も、
波は直前になって崩れる。
遠浅になっていない証拠だ。
ということは、、、。

深い海に住む、ゴジラが顔を出してもおかしくはない。
ゴジラの体を隠すぐらいの深さはありそうだ。
目の前に、にゅうと、顔を出して、
こちらを睨んだりしないだろうか。
期待して海を見つめていたのだが、
そのうちに、湯にのぼせてしまった。
忙しいのだろうなあ、ゴジラ君も。

そんなことで過ごした、
伊東の三日間。
あっという間に過ぎてしまった。

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