皆さんはモリアオガエルという生き物を、
ご存知だろうか。
カエルと聞くだけで、
あ〜気持ち悪い、という方もいらっしゃるかもしれない。
私にとっては、
若い頃のいつかどこかの動物園で見かけて、
とても気になった生き物。
ほんの五センチぐらいの大きさのカエルだが、
手の吸盤の大きさが特徴的。
それもそのはず、このカエルは、
木の上で暮らすのだという。
先日、今は長野市となった鬼無里(きなさ)の、
奥裾花(おくすそばな)自然園を訪れた。
ここは、春の水芭蕉(ミズバショウ)の群生で有名な場所。
5月の初めの頃の、まだ、残雪のある時期に、
一面の水芭蕉の花が楽しめる。
その花の時期には、
大勢の人が押し寄せる。
観光バスも来る。
でも、自然を守るため、
駐車場からは、約一時間歩かなければならない。
それでも大混雑をするらしい。
その水芭蕉が、
おばけのような巨大な草になった今、
奥裾花自然園の広い駐車場に、
ぽつんと私達の車だけ。
ここから登ることのできる山に、
花を楽しみがら登りに行ったのだ。
その帰りに寄ったのが、
この自然園の奥にある吉池というところ。
ブナをはじめとする天然林に囲まれたこの池は、
ほんの二十メートル四方の小さな池。
水が湧いているわけでもなく、
流れて来る川もないので、
大きな水たまり、という雰囲気。
でも、ここは、はじめに書いた、
モリアオガエルの産卵の場所なのだ。
とにかく、どんな音も、吸い込んでしまいそうな、
静かな池。
周りに、木が取り囲んでいる。
その木に枝先に、何やら、白いかたまりが見える。
大きさは、大人の握りこぶしほど、
泡のようなものに包まれたかたまりだ。
よく見ると、向こう岸の、
十メートル以上の高さがありそうな枝先にもぶら下がっている。
これが、6月頃産卵するという、
モリアオガエルの卵なのだ。
ほとんどのカエルが水の中で卵を生むのに、
木の上に生息するこのカエルは、
高いところにある木の枝に卵を生むのだ。
そうして、木の上の泡の中で孵ったカエルの子、
オタマジャクシは、まっすぐ下に落ちていく。
そこが、池の中なのだ。
つまり、このカエルは、
池の上に張り出した枝に、
卵を産むのだね。
オタマジャクシは池の中で育ち、
やがて手も足も出てくると、
池を離れて森のなかで暮らすようになるのだ。
なるほど、そういう循環になっているのだね。
ところが、この池には、
もう一つの生き物がいる。
クロサンショウウオだ。
こちらも、春先に卵を生み、
ちょうど鶏の卵のようなかたまりを、
水の中に見ることができる。
そして、こちらのほうが早く孵化するのだよね。
つまり、木の上で生まれたモリアオガエルのオタマジャクシは、
やはり、生まれたばかりのクロサンショウウオが、
口を開けて待っている池の中に落ちるのだ。
私が初めてここで、
この光景を見たのは、20代初めのこと。
えっ、もう40年前のことだって。
それでもいまだに、この営みが繰り返されているのは、
それなりに自然界のバランスがとれているということだろう。
とにかく、ブナの原生林といい、
森のなかの生き物といい、
そして、季節を忘れない花たちに、
心の中に沁みるものがある。
私達は、こんな自然の中で生きているのだね。
そして、こんな生き物もいる。
彼らから見れば、人間ほど恐ろしい生き物はいないのだろうね。