手打ちそば屋は眠れない

しっかりと捏ねて、しっかりとした麺線をつくる。

皆さんはゴールデンウィークは、
どのようにお過ごしになったのでしょうか。

善光寺に向かう中央通りでは、
花を飾るイベントなどがあり、
店にも、大勢の方がお見えになって、
ありがたいことだ。
たいへん混雑をしてしまい、
長い時間お待たせをして、
申し訳けないと思っている。

この時期、私としては、
いつもより大量のそばを打ち、
それを釜で茹でることになる。
身体は元気なつもりでも、
やはり、かなりの負担になっているようだ。
閉店してから行う、
汁作りなどの仕込み中には、
強いだるさを感じるようになってしまった。
腕や胸の筋肉も、
痛むというほどではないが、
普段とは違うふうに張ってしまっている、

歳のせいにはしたくはないが、
まあ、これが現実なのだろうなあ。

で、そば打ちの話。

よく、重労働でしょうと聞かれるけれど、
そば打ち自体は、それほどのことはない。
ただ、それを五回も六回も、
時間に追われながらするとなると、
話は別だ。

そば打ちで、最も身体に負担がかかるのが、
最初の木鉢での仕事だ。

粉に水を含ませる「水回し」は、
手を、水平に動かすので、
腰に力がかかる。
忙しい時には2キロを超える量を扱うから、
なおさらだ。
粉は水が馴染んでいくににつれて、
ますます重くなるので、
しっかり脚を踏ん張って行う。
ここで、時間をかけてしまうと、
そばに粘りがでてしまう。

そして、その粉を丸めてから、
ギュウギュウと捏(こ)ねることになる。

どのくらい生地を捏ねればいいのかと、
そば打ちをする方に聞かれることがある。
まあ、粉や量によっても変わってくるのだろうが、
よく捏ねることに越したことはないだろう。

私の場合は2キロぐらいの玉だと、
だいたい120回ぐらい、
時間にして2分半を捏ねている。
そう、ちょっと、息が上がる程度にだ。

だいたい百回前後で、
生地の伸びがぐっと良くなる感覚に変わる。
そして、指で押してみて、
じわっと戻ってくるようになればいい。

水加減が多いと捏ねるのも楽だが、
切ったときに麺線が乱れやすく、膨らみ感がなくなる。
だから、
ある程度硬めの玉を、
体重を載せるようにして捏ねていく。

どのくらい捏ねるかは、
そば屋によって考え方があるようだ。
でも、食べてみれば、どのくらい力を入れて捏ねたのが、
分かるっていうものだ。
こんなことで、手を抜いちゃいけないね。

人によっては、捏ねすぎると、
まったく弾力がなくなってしまうことがあると言う。
うどんを打つ時もそういうことがあるそうで、
「腰が抜ける」というのだそうだ。
でも、私も試してみたが、
かなりの回数を捏ねてみても、
そのようなことはなかった。
粉や、割粉の具合で、
起こることもあるのかなあ。

とにかく、
どんなに忙しい時でも、
どんなに身体が疲れていても、
この捏ねることだけはしっかりとするようにしている。
そうしないと、
お客様に喜んでいただけないような気がしてね。

ということで、
まだまだ、歳のせいにしたり、
そば打ちが辛いなどと言ってはいられない。
まあ、少しは休ませていただくことにしよう。

 

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そば屋を巡って店を見る、主(あるじ)を見る。

時々、他のそば屋に行く時がある。
なかなかそういう時間がないのだけれど、
機会があれば、色々なそば屋に行ってみることにしている。

別に、評判になっている店とか、
みんながうまいとかいう店ばかりでもない。
立ち食いそば屋でもいいし、
昔ながらのそば屋でもかまわない。
とにかく、どんなところでも、
自分の商売の参考になるタネが転がっているような気がする。

皆さんだったら、
そばが美味いとか、自分の口にあっているとか、
量が多いとか、サービスがこなれているか、
なんぞを見るのだろうが、
私は、あまり気にしない。

そば店には、それを対象とするお客さんがいて、
それにあった商売をしている。
大衆的な店もあれば、旅行客向けの店もある、
こだわり客を引き入れている店もある。
それぞれに、
そういうお客様に合わせたそばを出しているのだ。

だから、そういう店の、仕事ぶりを見させていただくわけだ。

商売をしている目というのはつまらないもので、
すぐに、その店の商売を係数的に眺めるクセがついている。
店内の配置、席数とスタッフの人数、
メニューから割り出す平均単価、
使っているそば粉や調味料の仕入先、
提供している器の値段、、、、
などを、つい、無意識的にはじき出してしまう。

そして、そばや料理を味わうことによって、
廚房での仕事ぶり、ご主人の人となりを想像したりしてしまう。
料理を早く出すために工夫を重ねていたり、
また、時間がかかっても、一つ一つ丁寧に出さないと気が済まない人もいる。

店内の様子も気になるところで、
きれいに掃除がされているかどうかは、
大衆店、高級店に限らず、大切なポイント。
けっこうこだわり店で、そういうところが欠けていたりして。
うちも気をつけなくては。

壁にビール会社のポスターが貼ってあれば、
気楽にそばを楽しめる店。
ちょっとした、書画や、季節の花が飾ってあれば、
歌ごころのあるご主人の店。
窓際に、プラスチック製の造花が飾ってあれば、
ここは、偽物を本物に見せようとしている店。

ある店では、山の花の写真が、
壁いっぱいに飾られている。
聞けば、ご主人が好きで、ご自分で撮ったものなのだそうだ。
そういう話を聞けば、その店に親しみが湧く。

そして、その店が、どんなお客様を相手にしているのかは、
飲み物のメニューが参考になる。
日本酒を見れば、
どんな質のものを置いてあるかで、
だいたい想像出来たりする。
でも、大衆的な店なのに、
けっこうな銘酒が置いてあったり、
逆に、高級店なのに、あまり、
心が動かない酒しか置いていないところもある。
だから、つい、
確かめたくて、私の苦手な酒を、
嫌々ながら注文することになったりする。

ある店なんぞ、
そうそうたる銘柄の酒がメニューに並んでいて、
そばが端っこに小さく書かれている。
あとで調べたら、
もともと酒屋の跡取りだったのが、
そば屋になりたくて修行して開業したのだそうだ。
なるほど、人生を感じるねえ。

そばというと、
どこどこ産のそば粉だ、
自家製粉の粗挽き粉だとか、
香りがどうのとか、
そんなことにこだわる方も多い。
それも、たしかに大事なことだ。
でも、自分の好みの、
すごく狭いところにそばを置いてしまうと、
とても窮屈な気がする。

最近面白いと感じるのは、
昔からある、大衆的なそば屋さんだ。
たしかに、そばだけを食べれば、
通をうならせる程ではないかもしれないが、
その分、メニュー等に工夫がある。
ひと昔前には、かなりひどいそば屋もあったが、
今は、さすがに淘汰されたみたいだ。
そこを生き残ったそば屋には、
それなりの、努力があるのだね。
そして、そういうそば屋が、
昔ながらの、種物なんぞの技を伝えている気がする。

そば屋のそばは、
ただ、食べて美味い、不味いだけで、
決めつけるものではないと思う。

どこのそば屋も、
お客様を喜ばせるために頑張っている。
だから「そば屋」そのものを、
もっと楽しんでいただきたいなあ、、、、
と思うしだい。
私も、もっと、他のそば屋を食べ歩いてみたいものだ。

去年東京に行った時に入った、
上野駅前の「翁庵(おきなあん)」さん。
暑かったので「冷やしむじなそば」なんぞをいただいた。
いかにも地元の方々に愛されている感じのお店。
いいねえ。

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外国のお客様に対応するために英語のレッスン!

さて、ニュースでは日本を訪れる外国人が増えているという話。
確かに、ここ長野でも、
外国の方の姿を見かけることが多くなった。

特に冬は、スキーに来られる方がいらっしゃる。
オーストリアやニュージーランドとは、
季節が反対になるし、
スキー場の雪質もいいらしい。
この前オリンピックを開いたばかりの韓国からも、
豊富な雪を求めて、大勢の方が、
来られているという。

そういう外国人の一番人気の場所が、
長野からバスで一時間、
更に30分の雪道を歩いたところにある。
猿が温泉に入っているところを、
間近で見られるのだ。
「スノーモンキー」と呼ばれていて、
外国では有名なところ。
それを観るために、
わざわざ長野まで、脚を延ばして来られるのだそうだ。
大きな荷物を持ってね。

そんなことで、
私の店にも、外国の方が、
お越しになる事が増えたのだ。
こんな路地裏の怪しい店に、
よく入って来られるものだなあ、
勇気があるなあ、、
と、つい感心してしまうのだが。

そこで困ったのが、
言葉の壁。
とりあえず、写真付きのメニューを作って、
指差しで、頼んでもらうようにした。
ところが、お客様の中には、
ベジタリアンの方や、
食品にアレルギーのある方もいらしたりして、
対応しなければならなかったりする。

イタリアから来られたお客様に、
小麦のアレルギーがあるという方がいて、
そばのつなぎに、小麦粉が入っていることを説明するのに、
ものすごく苦労した事がある。

外国の方でも、
そばを食べ慣れている方もいるのだが、
“First time”などと言われれば、
仕草で食べ方を説明しなければいけない。

一番困るのがそば湯で、
皆さん、不思議そうな顔をされる。
だいたい、日本人だって、
地域によってはそば湯を知らない方もいらっしゃるのだ。

「これは、そばを茹でた湯です。
そばを召し上がったあとで、
汁を割ってお飲みください。」

ということを、身振りで伝えなければならない。
スタッフも、片言の英語を交えながら、
大汗をかいている。

これは、一度、
きちんとした話し方を学んでおかなければ、
と思うことしきり。
もちろん、外国のお客様だからといって、
英語を話す方ばかりではない。
様々な国の言葉があるのだ。
でも、とりあえず、英語でご案内を出来るようには、
なりたいものだ。

そこで、近くの英会話学校に相談したら、
我々のレッスンを引き受けてくれるとのこと。

あらかじめ、店で使いそうなフレーズを、
翻訳していただき、それを中心に勉強した。
講師の方は、ニュージーランドから来て7年目とのことで、
日本語もお上手。
飲食店で、よく使われる言い回しなどを教えてもらった。
何しろ、スタッフも、英語を教わるのは、
ン十年ぶりだそうで、
はたして、頭に入ったかどうか。

もっとも、総てを覚えるのは難しいので、
基本的な英語のフレーズを、
カードにして用意して、
適時使えるようにしようと思っている。

講師の方も言っていたが、
単語を並べられても意味は分かるが、
きちんとした英語で話されるとうれしいそうだ。
なんとか、話せるように、伝えられるように努めたい。
気持ちよく、そばを召し上がっていただくためにね。

 

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昨年も信州産は、天候の影響を受けてしまった。

農水省の発表によると、
昨年の全国のそばの生産量は、
約3万4千トン。
そのうち北海道が、1万7千トンで、
52%を占める。
長野産は2千トンを超え、
都道府県別では第二位となった。

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一昨年は、長野県産のそばは大不作で、
質のいいそば粉が採れなかった。
だからと、去年は期待していたのだ。
9月までは天候に恵まれ、
目につくそば畑も、順調に花が咲いていた。
ところが、刈入れ時の十月になって、
長雨が続いてしまった。

おかげで、そばの収穫が伸び伸びとなり、
ついには倒伏して、
刈り取られなかったそばが多かったという。
11月の初めに山歩きに行ったときに、
そんな畑を目にして唖然としたものだ。
農家の人も、
大きな手間を掛けてまで、単価の安いそばを、
刈り取ろうとはしなかったのだね。

この天候不順が、
長野ばかりでなく、
東北、関東のそば畑にも影響したようだ。
単位面積あたりの収穫量も、かなり下がっているようだ。
一方、北海道は、台風などの被害もなく、
順調に育った様子。

そばは、どうしても、
その年の天候の影響を受けやすい。
この表のように、栽培面積は変わらないのに、
収穫量が大きく変動している。
そして、その質も変化が大きいのだ。

Zu_01

同じ畑で作っても、
毎年収穫量やそばの質が違うのだ。
農家の人も大変だ。

その中で、安定して、
質のいいそば粉を提供しようとしている、
中間業者さんや製粉屋さんの苦労は計り知れない。

スポット的に質のいいそば粉が手に入っても、
それを継続的に入手できなければ、
そば屋としての商売は成り立たない。
そばの出来が悪かったから、
このくらいの味で我慢してくれ、
などと、言ってみたいが、
お客様には受け入れられないだろうなあ。

産地にこだわることも大切だが、
そばの場合は、こういう変動が大きいことを、
知っていただきたいと思う、、、しだい。

こちらは、信濃町産の粉で打ったそば。
打っているときから、香りが立ち上がる、
優れたそばだ。
こういうそばを、
安定して提供できるようになればいいのだけれどね。

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アイパッドがレジスター。

店では、一昨年から、
タブレット(アイパッド)を使ったレジを使っている。
いまだにお客様から、
「えっ、こんなものがレジになるのですか。」
などと聞かれたりする。
はい、
こんなものでも、ちゃんとレジスターの役目を果たすのだから、
まあ、世の中、どうなっているのだろうねぇ。

かねてから、レジスターには不満を持っていた。
確かに、日本語で金銭登録機というごとくだから、
お金の出し入れを、正確に記録してくれるのはいい。
でも、その方法が、いかにも古典的で、
融通がきかない。
設定内容を変えるのも手間がかかる。
それに、世の中コンピューターの時代になっているのに、
そのデーターは、
一回一回、ジャーナル(集計表)に打ち出し、
それを手作業でパソコンに打ち込まなければならないのだ。

レジスターのセールスマンに、
パソコンと連携できないのかと尋ねたら、
こう答える。
はい、月々ん万円を払っていただければ、
そういうシステムを使えます。
ははぁ、
私のような零細店には、
使うことも出来ないらしい。

そんなことで、
タブレット端末でレジが使えるという話を聞いたときに、
思わず飛びついてしまった。
当時すでに、いくつものシステムがあり、
それぞれに長短があった。
その中でも、
いちばん使い勝手が悪いとインターネットでの評判だった、
リクルートの「エアレジ」というのを試して見ることにした。
なにしろ、月々の課金がないのが、
貧乏店の私には嬉しかったのだ。

プリンターやドロワーとの接続、
メニューの設定などは、
全て自分でしなければならなかったのだが、
なんとか、切り替えてみた。
スタッフだって、
タブレットは使い慣れていないので、
自分の指先がどこに触っているのかわからず、
突然、別の場面に切り替わったりして、
戸惑ったりした。

正直言って、
最初はちょっと使いづらかった。
間違えて打ち込むと、
初めに戻らなくてはいけないなど、
手間もかかった。
でもねえ、
こういうシステムの素晴らしいところは、
どんどん、自動的に、アップグレードしてくれることだ。
今では、だいぶ使いやすい形に変わってきたのだ。

昨年秋からは、
このレジを使ったカード決済も導入してみた。
そば屋でカードを使われるお客様は少ないと思っていたら、
結構使われる方が多い。
スイカなどの交通系のカードは、
かざすだけで決済が出来るので、
スピードも早い。
現金を扱わないキャッシュレスの時代なのだねえ。

このレジでは、
パソコンの経理システムと連携できるから、
売上などの入力間違いはないし、
すぐに様々なデータを確認することが出来る。
その分すごく楽になった気がする。

便利になることが、
総ていいことだとは思わないが、
まあ、
使えるものは、使ってみるものだね。
変化の激しい世の中、
時代遅れの私でも、
少しは考えたほうがいいのかもしれない。
、、、携帯電話はいまだに嫌いだけれど、、。

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宿では、温泉の温度にも、気を使っているのだね。

年に一回の楽しみといえば、
正月過ぎに休みをいただく時の温泉旅行。
温泉に入って、
ゆっくりする時間がなんともうれしい、、、
なんて、年寄りじみて、
〜〜〜〜いやだねぇ、我ながら。

とはいいながら、
時代のかかった宿を訪れるのが好き。
ということで、
今回行ったのは、
新潟県にある出湯(でゆ)温泉というところ。

私の周りの人に、
出湯温泉に行ってきたと言っても、
その名を、誰一人、知る人がいない。
白鳥で有名な、瓢湖の近くと聞いて、
初めて、場所の想像がつくらしい。
私だって調べるまで知らなかった、
そんなマイナーな温泉地。

でもねえ、
こんな建物がなんとも魅力的で、
私にはうれしいのだ。

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昭和の初めに建てられた建物だそうで、
国の登録文化財に指定されている。
部屋の建具なども、
当時の職人さんの遊び心で溢れている。
建物は古いが、
中はそれなりに手が入れられていて、
快適に過ごすことが出来た。

二泊したが、周りに何もあるわけではない。
折しもの雪で、散歩道も歩けない。
ということで、湯に入ってはゴロ、
食べてはゴロ、という時間を過ごした。
なにしろ、まだ若いご夫婦の、
熱いおもてなしのお陰で、
食事の量が多い。
ほら、朝食だってこのボリューム。

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おかげて、また、
お腹がポテッと。

さて、ご主人のおっしゃることには、
この温泉は、ラジウムを含んでいるので、
蒸気を浴びるといいのだそうだ。

そして、ここの湯の源泉の温度は30度。
そこで、少し加熱して、
かけ流しにしているのだそうだ。
お湯の温度を保つために、
入ってあとには、湯船にフタをしていただきたいとのこと。
なるほど。

そして、ご主人が言うには、
湯の温度を、どのくらいにすればいいのかが、
難しいのだそうだ。

熱い湯が好きな方もいる、
ぬるい湯が好きな方もいる。
いや、それならばいいが、
湯は熱くなければいけない!
とんでもない、ぬるくなくてはいけない!
という人がいて、
困ることがあるそうだ。

季節の気温によっても、
感じ方が変わったりする。
だから、湯の温度には気を使っているそうだ。

そう云えば、
私も、ずいぶん熱い温泉に入ったり、
一時間も入っていられるような、
ぬるい温泉に入ったりしたなあ。
今は、ともすれば、
自分の価値観を押し付ける人も多いから、
そんな湯の温度にも、
気を使わなければいけないのだね。

私は、
熱い湯には熱いなりに、
ぬるい湯にはぬるいなりに楽めるけどね。

で、
来年は、どこの温泉にいこうかな。
などと、考えながら、
この一年を頑張るのだ。トホ。

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年越しそばから正月営業、毎年ながら、大きな山だった。ふう。

そばを打つというのは、
つくづく体力勝負なのだなあ、
と、年をとるにつれて思うようになってしまった。

そば粉屋さんとも話したのだが、
いったい一人で、
どれだけのそばが1日で打てるものなのだろうか。
聞くところによると、
千人分ぐらいのそばを打つ人がいるのだそうだ。
ほとんど徹夜でね。

私なんぞは、二日をかけて、
500人分も打つのが精一杯。
それでも、一回一回、
息が弾むぐらい、
しっかりと捏ね上げて打っている。

ということで、
みなさんから、年越しそばのご用命をいただき、
ありがとうございます。
どうしても、作る数に限りがあるので、
お受けできなかった方々には、
大変に申し訳ございません。

そうして、休む間も無く、
怒涛の正月営業、成人の日の連休と続いたので、
背中から腰にかけて強張って、
やや、前かがみになって歩くようになってしまった。
ご常連のお客様から
「おや、腰にきているねぇ。」
などと、ご心配をいただいた。
面目ない次第だ。

それでも、寝る前とそば打ち前に、
少し時間をかけてストレッチをしているので、
以前ほどの、強い腰の痛みは感じられなかった。
ここ三年ほど続けている、
腹筋の強化運動も、効果があったのかもしれない。
脊柱管狭窄症の、独特の痺れも、
あまり感じなくなっているのが幸いだ。

何しろ、かんだたは貧乏なのだから、
とても、最新の製麺機は買うことができないのだ。
ドラえもんのような、ネコ型ロボットに、
そばを打ってもらう訳にもいかない。
だから、仕方がなく、手で打ち続けるほかはない。

自分の体と、うまく付き合っていかなければね。
何より、数を打つことより、
もっと、質を上げることを考えよう。

、、、、楽をすることもね。

 

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クリスマスは、どこへ行ったの?

さて、今日はクリスマス。
そば屋には、まったく縁のない日だ。

洋食屋さん(古い!)であれば、
クリスマスパーティなどとうたって、
お客さんを呼ぶことが出来ることだろう。
ケーキ屋さんは書き入れ時にちがいない。
でも、そば屋では、
いくら「クリスマスそば」、
「サンタのトナカイ南蛮そば」なんぞを作ったところで、
お客さんは寄ってこないだろう。

ということで、いつもどおりの静かな営業。

でも、あまり外に出歩かない私でも感じること。
世の中、クリスマスの様子が、
だいぶ変わってきているようだ。

10年ほど前までは、
スーパーなどは、
クリスマスの特別コーナーを作って、
ツリーの飾りやお菓子なぞを売っていた。
ケーキの売り込みが、どこでも盛んだった。
ブティックのウインドウなんぞも、
クリスマス気分を盛り上げるディスプレイがされていた。
昭和の時代には、
赤い帽子をかぶった、
酔っぱらいおじさんたちが、
街を闊歩、いや千鳥足をしていたっけ。

それがねえ、
最近は、とても静かに感じる。

やはり、
信仰の裏打ちのないお祭り騒ぎ。
堅実な時代には、
それなりの規模となったのだろうか。

それに引き替え、
おせち料理の売り込みの激しいこと。
世間の価値観が、
そちらに移っていったのだろうか。

そば屋にとって、
一番の山場になるのが、
大晦日に召し上がっていただく「年越しそば」。
こちらの方は、
時代の影響を受けずに、
相変わらずのご贔屓をいただいている。
ありがたいことだ。

今はその準備に追われている。
そして、それに続く正月営業のためにも、
体力を蓄えなくては。

クリスマスなんて、
私には縁のないお祭りだと、
そっぽを向いてきたけれど、
それが静かなのは、
逆にさびしいなあ。
かつての長野の繁華街、
権堂のアーケードも、
通り抜ける風が冷たい。

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小判をくずして新そばを食べる江戸っ子の粋

さて、各地の新そばも出尽くして、
そばも、どっしりと、落ち着いた味となってきた。

今は玄そばの保存環境も良くなったので、
夏を越した古そばも、それほど、捨てたものではない。
むしろ、甘みが強く、味がしっかりとしているので、
下手に青みがかった新そばより、
味わい深かったりする。
だから、「新そば」の有り難さが、あまり、
感ぜられない時代になってしまったのかもしれない。

しかし、何と言っても、新そばの若々しさにはかなわない。
特に、食感はまったく違うもの。
毎日そばを扱っている者としては、
切り替わるときには、
その差を大きく感じる。

保存の設備がなかった時代には、
梅雨を超えると、そばは風味が落ちた。
子供の頃のそばを覚えているが、
色が赤っぽくなり、独特の蒸れたような臭いを持つことがあった。

だから、昔の人は、
新そばを心待ちにしていたのだね。


〜〜 新そばに小判をくずすひとさかり 〜

 
江戸の川柳に、こんな句があった。
新そばを食べるために、小判をくずした、
つまり、小銭に換えた、それが一悶着、というわけだ。

江戸時代には、今と違って、
ちょっと複雑な貨幣制度になっていた。
小判などの金(きん)と、銀の貨幣、
そして銅銭といわれるものが、
それぞれの別のレートがあって、
その商売にあった貨幣が使われていたという。

だから、そば屋でそばを食べて、
一両小判を出したところで、お釣りなんぞ出てこない。
あらかじめ両替商というところで、
文(もん)という銅貨に換えて置かなければ、
そばを食べられないことになる。

さて、小判一枚で、つまり一両で、
そばがどのくらい食べられたかというと、
これが、なかなか。
江戸時代後期には、一両は6500文に交換されていたという。
その頃のそばは、一枚16文と決められていた。
ということは、、、

なんと、400枚ものそばが食べられることになる。
もっとも、その頃のそばの盛りは、
今よりずっと少なかったらしい。
それでも、一回三枚ずつ食べても、
百回以上は、そば屋に行けることになる。

小判一両って、価値があったのだねぇ。

おそらく、普通の町民は、小判なんぞ待っていなかったろう。
親の遺産か、なにやらの報奨で手に入れた、
虎の子の小判。
それを、新そば食べるためにくずしてしまおうというのだ。
さすがに江戸っ子、粋だねえ。

当時の人には、
「新そば」という言葉は、
それほどの価値があったということなのだろう。

それに引き換え今は、、、
なんて野暮な話はやめておこう。
今なら1万円札でもお釣りが貰えるし、
カードやスマホでも、支払いができる時代。
気楽にそば屋を楽しんでいただけたら、、、と思う次第。

 

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米の一俵は60キロ、玄ソバの一俵は45キロ。

さて、新そばの収穫の時期となり、
そば粉屋さんの倉庫には、
各地から集められた玄ソバが、
高く積まれていることだろう。

昔は一俵(いっぴょう)ごとに麻の袋に入れられていたが、
今はほとんどが紙製の袋だ。
玄ソバの取引単位は45キロで、
これがそばの一俵と呼ばれる。

これが製粉されると、
半分の22キロになる。
そして、そば粉の方の出荷単位となっている。

今では、製粉率は60パーセント強と言われているが、
昔は、せいぜい50パーセントぐらいだったのかもしれない。
とにかく、それが、取引の単位として残っているのだ。

ちなみに、米の一俵は60キロ。
米俵(こめだわら)に入る量だったのだね。

私のこどもの頃には、米屋さんの店頭に、
米の入った俵が積んであるのを見かけた。
その俵の蓋(さんだらぼっち)を貰ってきて、
犬小屋の敷物にしたりしたっけ。

そうして、米屋さんは、その俵を、
重そうに担いで奥へ運んで行った。
そう、一俵とは、
人が担ぐことができる大きさ、重さの単位だったのだね。

昔のそういう習慣が、
今でも取引の単位として残っているのだ。
ちなみに、小麦や豆の一俵は、
米と同じ60キロ、
じゃがいもや大麦は50キロ、
木炭は15キロなのだそうだ。

確かめたことはないが、
灯油が18リットル単位で売られているのも、
昔の単位、一斗の名残かもしれないね。

でも、60キロのもの米を担ぐのは、
大変なことだ。
っで、農家の人に聞いてみたら、
今では30キロの紙袋を使うのだそうだ。
それでも、車への積み込み作業などは、
骨が折れるという。

確かに、私も、22キロのそば粉の袋を、
よいしょ!と、掛け声をかけなければ、
持ち上げられなくなっている。
そば粉屋さんは、軽々と運んでくるのだけれどね。

歳とは、言われたくないのだが、、。

 

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